紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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  「害虫防除の常識」    (目次へ)

    2.有害生物(害虫)管理にあたって守るべき事柄

     4) 農産物と食品衛生法とのかかわり

 食品衛生法が対象とするもの

 食品衛生法は、食品が原因となって衛生上の危害が発生するのを防止することによって、国民の健康を保護することを目的としており、食品の安全性を確保するために、公衆衛生の見地から必要な規制等を行うと定めている。

 食品衛生法が対象とする食品は、医薬品等(薬事法の対象)を除く
すべての飲食物である。従って、
対象食品には、穀物、野菜、果樹など食用に供する農産物だけでなく、畜産物、水産物、加工食品、飲料など食品全般が含まれる。しかし、本ページでは、農産物に限って述べることとする

 国内で販売されている農産物には、国産品と輸入品とがあるが、両方とも食品衛生法の対象となることは言うまでもない。最近、中国などから輸入された野菜で残留基準値を超える農薬残留が見つかって、本国に送り返すことも出来ず廃棄されたといった報道を目にしたが、これも食品衛生法が適用されたためである。

 食品が原因となって衛生上の危害が発生するのは、どのような場合であろうか。農産物について言えば、農産物中に含まれ、あるいは付着した有害物質や有害微生物であり、前者には、農薬マイコトキシン(例えば、ムギの赤かび病菌が産生した毒素)、重金属(例えば、カドミウム)などがある。後者の有害微生物としては、大腸菌O-157などがある。

 さらに、遺伝子組換え作物についても、食品としての安全性確保の観点から含有成分についての安全性評価が食品衛生法に基づいて行われている。農業生産者は、食品としての安全性確認(厚生労働省による)と、栽培された場合の生物多様性への影響についての安全性確認(農林水産省による)がなされたものでないと、一般圃場で栽培することは出来ない。

 農薬の残留基準

 農薬の有効成分ごとのリスク評価が内閣府の食品安全委員会によって行われ、1日摂取許容量(ADI)も出されている。農薬の有効成分ごとの1日摂取許容量(ADI)は、実験動物等を用いて行われる急性・慢性毒性、発がん性、繁殖への影響、催奇形性、遺伝毒性などの試験成績を基に、人が一生涯にわたって毎日摂取し続けても健康に悪影響の生じない量として設定されている(有効成分量mg/体重kg/日で表示)。1日摂取許容量は、上記の毒性試験から得られる「無毒性量」に「安全係数」(100分の1)を乗じて求められる。

 農産物の残留農薬基準値(ppmで表示)は、ADIから導かれる摂取許容量の80%を超えないように設定されている。具体的な残留基準値の設定に当たっては、「国民健康・栄養調査」の結果を用いて、国民が1人1日あたり、どのような食品をどれくらい摂取しているか求める。そして、それぞれの食品の1日摂取量(kg)に残留基準値(ppm)を乗じ、その総計がADIの80%以下になるように残留基準値を設定する(さらに詳しくは「みんなの農薬情報館ホームページへ)。そして、残留基準値を超えないように、各農薬の剤型、適用作物ごとの使用の回数、濃度、使用量、収穫前使用禁止期間などの農薬の使用基準が定められている。

 農業生産者は、残留基準値を超えて農薬が残留する農産物の販売等を行うことはできないし、違反すると罰則が課せられる。しかし、農業生産者が、これまで述べたような農薬の使用基準を厳密に守って農薬を使用していれば、残留基準値を超える農産物が生産されることはない。

 ポジティブリスト制度

 従来、農薬の残留基準値は、農作物の種類ごと、農薬の有効成分ごとに定められ、この基準値を超える農薬残留が認められた場合に販売停止などの措置が講ぜられていた。しかし、残留基準値が定められていない農薬が検出された場合には、販売停止などの措置を講ずることが困難であった。生鮮野菜の輸入量が増加するにつれて、これらの中から残留基準値を超える農薬が、また、残留基準値が定められていない農薬が検出される例が多く見つかり、社会的に問題となった。

 こうした中で、国民の健康を保護する観点から、平成15年に食品衛生法が改正され、平成18年5月29日に施行され、全ての農薬について残留基準値を設け、この値を超える食品の販売等を禁じることによって、食品の安全性を確保することとなった(ポジティブリスト制度)。農作物と農薬の種類はともに多いので、農作物と農薬のすべての組み合わせで個別に残留基準値を定めるのは困難である。そこで、残留基準値が定められていない農作物と農薬の組み合わせについては、一律に0.01ppmを残留基準値とすることが定められた。このことによって、全ての農産物と農薬について残留基準値が定められたことになり、このポジティブリスト制度の下で農薬の使用、農薬の残留検査、行政措置に齟齬(そご)が生じることがなくなった。

 適用農作物以外で農薬を使用すると、一律基準値(0.01ppm)に引っかかることになる。さらに、隣接する田畑で散布された農薬がドリフトしてきた場合に、農薬の飛散を受けた田畑の作物が残留基準値に引っかかる可能性も生じることとなった。このため、農薬散布にあたっては、ドリフト対策を講ずることも必要となる(例えば、散布方法、剤型、農薬の種類の変更、風向、風力の観測など)。なお、ポジティブリスト制度に移行した後にも、農作物と農薬の有効成分の組み合わせごとに残留基準値を設定する作業が引き続いて行われており、法改正以前よりも速いペースで進められている。

 現在の残留基準の決め方の問題点

 現在の残留基準の決め方で問題があるとすれば、農薬の有効成分が異なっていれば、生体に対する作用性、あるいは分子的なターゲットが同一であっても、その相加効果が考慮されない点であろう。一方、作用性が同じ同一系統の農薬を1つのものとして評価した場合に(リスクカップ方式という)、個々の農薬の残留基準値が低下すると考えられるために、使用できる農薬の種類の減少、使用回数の減少、収穫前の使用禁止期間の延長など、農業生産の安定性確保に支障を生じる可能性もある。複数の同一の作用性を有する農薬の実際の使われ方を調査するとともに、それらの農薬の残留実態を基にしたリスク評価を行う必要があるだろう。また、新農薬が次々と開発され、その作用性が今までとは異なるものが出てくる可能性もあるので、毒性評価の方法については常に改善・見直しを行い、今後、例えば、動物の行動への影響、精神作用への影響などにも考慮を払っていく必要があると思われる。
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